日野神明キリスト教会

キリストの対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。

                       (エフェソ 5:21

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立川バプテスト教会日野神明伝道所

 

私たちは、家族伝道を祈りとしています。その中でこのエペソの信徒への手紙の言葉を私たちはどのように聞かせていただくのでしょうか。「キリストに対する畏れをもって、互いに仕えあいなさい」とのパウロの言葉を私はしっかり聞かせていただくことが、この課題を受け止める上で大切だと聞かせていただいています。
パウロは「妻たちよ」(5:22)。と言って、どんなこと語りましたか。「夫たちよ」(5:25)と言って、パウロは夫婦関係の大事なことをどのように語ってくれますか。ときどき私たちは、聖書の時代に引き戻されて、大いに反発をさせられること大です。でも私は、これこそが私たちがしっかり心得させていただかなければならない、今の時代、必要だと思っていることです。
 カンヌ国際映画祭で最高賞をいただいた「万引き家族」という映画が、いま大評判です。それはそこで描かれた家族関係が、家族の絆が、話題になっているようですが、まだ見ていないので何とも言うことはできません。が、私は今日の様々なニュースで聞かされる、家族破壊の状況と結び付けられながら、この映画を通して提供された課題を、私たちがどのように生きているか、ということこそが、今私には問われていることだ思わさせられています。
 パウロは「キリストに仕えるように」と言います。私は、イエスさまが十字架上で語られた一つの言葉を心に留めさせていただいています。「イエスは母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、『婦人よ、御覧なさい。あなたの子です』と言われた。それから弟子に言われた。『見なさい。あなたの母です。』そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。」(ヨハネ19:26-27)との記事です。そこに私が何を聞いたか? 十字架の真下で涙しておられるマリヤを、イエスさまはご覧になっています。マリヤはこの出来事をしっかりと受け止めています。これまで理解しえないイエスさまの出来事を、しっかり心に留めてきたマリヤです。十字架にかかられたイエスさまをも、大きな心の悲しみの中にあっても、しっかりと受け止めておいでであったと、私は理解させていただいています。
 イエスさまはこのために十字架におかかりになったのではと、聞かせていただいているのです。すべての人は、その罪のために死ななければなりません。そのすべての悲しみをぬぐわれるためにイエスは十字架にかかられたのではありませんか。そのイエスさまの愛を、しっかりと受け止めて生きることをおいてほかに、私たちの生きる道はないのです。その私たちをイエスさまは抱いていて下さるんです。私たちは、家族の中のどのような出来事も、しっかりとそれを受け止めることができなければならないのです。そして受け止めることができる心を、主は私たちに下さいました。だから「キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合う」のです。

2018/6/10