日野神明キリスト教会

これは我らの神の憐れみの心による。この憐れみによって、/高い所からあけぼのの光が我らを訪れ、暗闇と死の陰に座している者たちを照らし、/我らの歩みを平和の道に導く。   (ルカ1:78-79

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立川バプテスト教会日野神明伝道所

 私たちは神さまが造られたこの世界を、心から感謝し、主の御名をほめたたえさせていただきます。私たちは年が巡り来るたびに、御子イエスのご降誕を覚える日を迎え、心新たに、神さまの慈しみに感謝をささげさせていただくものです。そしてしっかりと、生かされている事を心に刻みつけさせていただいています。
 救い主来臨の知らせが、ザカリヤの子ヨハネを通して知らされました。預言者イザヤが「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と」(ヨハネ1:23,イザヤ40:3)言われた先駆者ヨハネです。
 神さまが伝えられる言葉は真実です。ザカリヤが祭司として主の聖所に入り、香をたく務めを果たしているとき、神さまはザカリヤに言葉をかけられました。その御心を告げられ大いなる祝福を与えられました。ザカリヤにこれから起ころうとする、すばらしい栄光の出来事で担わされる栄誉について語られ、救い主誕生の喜びを語りました。
 ザカリヤは、この喜びの知らせを心躍らせて聞きました。私たちとは違って、まだ見ない喜びの知らせです。しかし彼らはそこに希望を託しました。まさしく「信仰とは、望んでいる事柄を確信し、見えない事実を確認することです」(ヘブル11:1)と告白するとおりです。忘れてはならない第一のことは、この喜びの知らせを聞いたザカリヤが、まず最初に口にした言葉です。「ほめたたえよ、イスラエルの神である主を」(ルカ1:68)でした。今日に生きる私たちの口からはとうてい出てこない言葉です。それほどに主に信頼して生きてきたイスラエルの民の思いを、私たちは見させていただくのです。そこにはどのようなことの中にあっても、その約束を実現してきて下さった主に対する信頼です。しかもそれは、これまでの預言者がかたってきたこととは異なり、ヨハネの誕生を通して告げられるまさに直近の約束です。この喜びを歌うザカリヤの賛歌は、この幼子を通して救い主メシヤの「御前に先立ち行き」、メシヤが持ちきたろうとされる「救いの知恵を与える」ことでした」。そしてすべて主の恵みと憐みによる救いを確信をもって告げることでした。 



2017/12/3